2010年2月14日日曜日

映画「(500)日のサマー」


映画「(500)日のサマー」を見た。恋愛に入れ込むたちの人は心臓に悪いからあんまり見ない方がいいと思う。そうでない人はふつうに楽しい映画だと思うのでおすすめです。

※以下ネタバレばっかり

主人公のトムは、建築家になる夢をあきらめてグリーティングカード会社で凡庸な毎日を過ごす青年。その会社に突然奔放で魅力的な女の子、サマーが入社してくる。最初はお高く止まった女だとサマーを敬遠していたトムだが、エレベーターの中で「そのヘッドホンで聞いてる曲スミスでしょ、私も好きよ」と言われて以来メロメロに。どうにか恋人のような関係になったが、サマーは「愛の存在は信じないの」と言い、「恋人」とは認めてくれない。トムはそれでもサマーに焦がれて・・・というあらすじ。

映画は6人で見に行った。週末にいい大人が6人揃ってボンクラ恋愛映画を見るというのは置いといて、映画が終わった後私は他人と口が聞けないくらい参ってしまった。そこにいた誰もが、「なんでこの映画にそこまで入れ込むのか」と不思議がった。「どちらに肩入れしていたのか」と言われれば、わたしはトムとサマー両者にも入れ込んでいた。だから2倍疲れた。

恋をした時にはその人のすべてが輝いて見えるものだ。トムがサマーに恋をした後は、スクリーンに写るサマーも何倍増で可愛くなる。サマーは「何を考えているかわからない」という意見も多かったが、わかりやすかったように思った。コピー室でキスをしたのは、その前のバス停でキスするべきところをしなかったから。次会った時に持ち越されたに過ぎない。またどしゃぶりの雨の日に謝罪に来たのは「愛してるから」じゃなくて、人として悪いことをしたと思ったからだ。トムのことは嫌いではないが、”スパーク”を感じる相手じゃなかったんだろう。

サマーがトムに幻滅した機会は2回あった。1度目はバーで男に絡まれて、サマーを庇わなかった時。もう一度が「卒業」を見て泣く彼女に「ただの映画だよ気にすんな」みたいなことを言った事。どちらもほんとうに些細なことで、気にならない人には永遠に気にならない。トムは単にサマーにとっての「運命の人」ではなかったのだから、仕方のないことだ。

だが、トムは絶対に「サマーのステディになる可能性がゼロ」ということを認めない。どれだけの証拠が揃っても認められない。「あれだけ一緒に楽しい時を過ごしたのだから」きっと振り向いてくれるはずだと思う。これが営業を取るとか家を買うとかならこんなことにはならないだろう。正気を欠いていると思われるだけだ。人間はこと恋愛になると狂人のようになってしまう。サマーが去った後のトムの描写は痛々しいことこの上ない。何を食べても味がしなくて思い出を反芻するばかり。思い出すだけで胃が痛い。

映画のラストは、サマーのおかげでほんとうにやりたかったことにチャレンジするトムに新しい恋が現れるハッピーエンドになっている。恋愛は人を天高く舞い上がらせ、上り詰めた分だけたたき落す。幸福と地獄、その高低差を見ると足が竦んでしまうが、それができるのはまた恋愛だけなのだ。ってバレンタインにこんな長文書いてて虚しくて死にそうになってきたのでもう寝ます。

2 件のコメント:

ワカ さんのコメント...

がーん・・・・・ネタばれにもめげず、読み切ってしまいましたが・・・・・・・・打ちのめされてます。

これをみて、打ちのめされたという感想ばかり聞くので、見るのが怖くもあり、非常に見たくもあり・・・でもやっぱ見たいわ!!!!!

次回ご対面の際はこの辺もきっちりお話して、おとしまえつけたいんで、そこんとこ宜しく!!!!

akiko saito 齋藤あきこ さんのコメント...

<ワカさん
きっとワカさんのまわりには恋愛と映画に没入しちゃうタイプが多いのね。わたしは筆頭切ってそんなかんじですが・・