2011年3月23日水曜日

身捨つるほどの祖国はありや その3


家族の遺体と向き合うのはどんな気持ちがするだろうか。安否が取れない間、家族が寒い思いをしていないかずっと不安で心配だった。津波の被害にあった方は、行方不明になった家族や友達が冷たい思いをしていないか、ずっと不安だったと思う。どんな大災害が起こったとしても、心配するのはとても単純なことだ。寒くないか、おなかが空いてないか、痛い思いをしていないか。これまで、誰もが暖かいところで飢えずに生きているのが当然のことだったのに。

たった一瞬で世界が変わってしまった。予測できない、それまでの世界を変えてしまうできごとを「ブラックスワン」と呼ぶ。同時代で生きているとまったくピンとこない。しかし、わたしたちは新しい世界にワープしてしまった。ガンツやLOSTみたいなあれだ。過酷な現実が目の前にはだかり、どうすれば乗り越えられるのか検討もつかない。もし大切にしたい人がいて、その人も自分を必要としている幸運な方は、全力で守って下さい。いまこの場で家族をなくすことを想像するだけで身が切られるような思いがするのに、1万人以上の方が亡くなり、たくさんの人たちが凄まじい絶望に襲われながらも必死に生きようとしている。

【故郷】 
被災者を他県が受け入れるというニュースを見て、わたしの故郷が無くなるかもしれないと思った途端、理屈じゃない感情がこみ上げて来た。これまで、難民たちが、内紛の起こる自国に帰りたがる理由がまったくわからなかった。隙あらば国外脱出したい、と言って来たし、生まれ育った場所はただの地面だとずっと思っていた。しかし、実際に故郷が無くなるかもしれない、と突きつけられると、これはほんとうに堪え難い。

自宅が瓦礫になっても、地域が焼け野原になっても、放射能の被害があると言っても、そこを動かない人がいるという。今なら彼らの気持ちがわかる。故郷はただの地面だが、家族や友達の歴史と思い出が時間軸を交えて四次元的に漂っている。その場所こそが、わたしの故郷だ。


パノラマ写真

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